ある程度以上の面積の植物の群落の中には、発芽したばかりの実生から花を咲かせるような大きな個体まで、さまざまな大きさの個体を含んでいます。いわば、異なる「世代」からなる社会(個体群)を作っているわけです。それぞれの個体に番号札を付けて毎年追跡していけば、成長の度合いが分かるだけでなく、開花までにかかる時間も分かってきます。異なる環境で同じように調べれば、環境の違いによる成長速度の違いや開花までにかかる年数の違いを比較できます。また、同じ調査区の中で、異なる種について調べれば、種間の比較というのも可能です。 |
この調査の特徴は、さまざまな応用が利くことと、特殊な道具や技術を必要としないことです。最近盛んな市民による自然の調査では、どんな植物があるかを調べること(植物相調査)が多いようですが、それよりも簡単な調査である上に興味を持ちやすい調査ではないかという気がします。植物の種数は大変多く、そのほとんどは個体群の調査がなされていませんので、得られたデータは学術的にも意味のあるものです。 現在のところ、個体群調査の手法を解説した一般向けの普及書がありません。今後、私たちのグループでは実際の調査の結果も紹介しながら、分かりやすい調査ガイドブックを作りたいと考えています。 講座の実習では博物館の裏に生育するエゾノレイジンソウ・ダイモンジソウ・ヤマブキショウマ・チシマアザミの4種の草本植物を相手に個体群調査を行ないました。エゾノレイジンソウを調べたチームは雨上がりのやぶの中での作業、ダイモンジソウを調べたチームは岸壁に張り付いての作業、ヤマブキショウマとチシマアザミのチームはイラクサに刺されながらの作業、それぞれごくろうさまでした。以下に、実習の方法と結果について紹介します。 |
エゾノレイジンソウは林床に1m×1mの調査区を3個、ダイモンジソウは岩壁面に0.5m×0.4mおよび0.5m×0.5mの調査区を各1個、ヤマブキショウマは岩壁とその周辺に1m×1mおよび2m×2mの調査区を各2個ずつ(計4個)、チシマアザミは散策路の両脇に10m×1.5mおよび12.5m×1mの調査区をそれぞれ設置しました。 3−4名で1班をつくり、1班が1つの調査区を調べました。班の中の役割分担は、メジャーを持った「高さを計る人」、ノートを持った「記録する人」、葉や花を「数える人」、グラフ用紙を持った「個体の位置を図にする人」です。植物によっては大忙しの人と暇そーな人が出てしまいましたが、実際の研究でもこれはあることで.... 調査では、それぞれの調査区における各個体の位置(XY座標)・高さ(cm)・葉数・花の有無を調べました(ダイモンジソウは開花時期ではないため花の有無を調べられなかった)。来年以降も調査を継続できるように、すべての個体の根元に番号札(園芸用の名札)を付けました。ただし、ダイモンジソウは岩上に生育するため番号札を付けることはできませんでした。ヤマブキショウマは雌雄異株であることから、開花個体については雌雄の判別も行ないました。 |
エゾノレイジンソウ・ヤマブキショウマ・チシマアザミでは1平方メートルあたり1−10個体程度の密度であるのに対し、ダイモンジソウでは100個体以上と非常に高密度でした。これは、ごく小さな個体が多いためです。林縁や林床では、菌類の感染や種子捕食者による種子の死亡、暗い光環境による実生の死亡が起こりやすいことから、実生密度が低く保たれるのではないかと推察されます。 一方、岩壁面の隙間に生育するダイモンジソウはそれらの影響を受けづらいため、実生密度が高くなると推察されます。実際、岩と土壌の両方に生育していたヤマブキショウマでは、岩の部分の方が土壌の部分よりも個体の密度が高くなっていました。ただし、ダイモンジソウが生育するのに適した岩の隙間は限られているため、実生はあまり成長できないか、そのまま死んでしまうものも多いと思われます。 |
全個体に占める開花個体の比率は、エゾノレイジンソウ38%、ヤマブキショウマ21%、チシマアザミ6%でした。ダイモンジソウでは調べることができませんでしたが、他の種よりもごく小さい個体の割合が高いことから考えてそれよりさらに低いと思われます。一般に野生植物では集団のごく一部の個体だけが繁殖している場合が多いといわれています。 |