ぶん:丹羽真一 え:渡辺展之
私たちが野外で植物の観察をしていると、花にはいろいろな昆虫が来ていることに気づきます。蜜や花粉を求めて花にやってくるこのような昆虫を「訪花昆虫」と呼びます。体が大きくてよく目立つマルハナバチは、もっともなじみのある訪花昆虫といえるでしょう(北海道ではクマバチと呼ばれることも多いがクマバチは本州などに棲む別のハチ)。ハチというとスズメバチのイメージがついてまわり、そのうえマルハナバチは体が大きくぶんぶんと羽音がすることもあってどうも一般には恐れられているようです。しかし、マルハナバチはスズメバチと違ってとてもおとなしく不意に刺してくることはありませんし、よく見るとその名の通り丸々としていてなかなかかわいくて、そのかしこさや働きぶりにはつい感心してしまうほどです。
マルハナバチと花との間に密接な関係があることは専門家でなくても知られるようになりました。その関係を一言で言えば、花はハチに蜜と花粉を提供し、ハチは動けない植物に代わって花粉を媒介してやるというものです。しかし、マルハナバチ自体がたいへん興味の持てる昆虫であるとともに、花との関係についても知れば知るほど面白いことがたくさんあります。このシリーズでは植物の繁殖とつながりの深いマルハナバチについて5回にわたり紹介していきます。
マルハナバチの口(中舌)は蜜を取り出しやすいようにストロー状になっています。普段、飛んでいるときなどはあごの下に収めていますが、花を訪れたときには突き出すようにして花に差し入れます(イラストと写真参照)。
マルハナバチは女王では体長が2cmを超えるものもあり、昆虫としては大型の部類に入ります。大きなおなかはタンク(蜜胃)になっていて、自分の体重と同じくらいの蜜を入れることができます。このように大きくすることで、巣に戻る回数を少なくし、効率よく蜜を集めていくことができます。また、後ろ足には花粉篭とよばれる部分があって、集めた花粉をここにくっつけて運びます。
マルハナバチには長い毛がびっしり生え体を覆っています。この毛には黒・黄・赤などの色がついていて、毛の色の模様(パターン)が種を識別するときの鍵になります【北海道のマルハナバチ一覧図へ】。また体毛に付いた花粉が植物の受粉に役立っています。
腹部の先端には、毒針を持っていて巣の防衛などのときに使うようです。しかし、人間に対して使うことはよほどの状況でない限りありません。
日本にいる15種のマルハナバチのうち、北海道には11種が生息しています(鷲谷ほか1997)。全道的には、南部にしかいないミヤママルハナバチと根室にしかいないノサップマルハナバチを除く9種が比較的ふつうに見られます。
斎藤学さんという方が東大雪山系(上士幌町)のマルハナバチ相を調査しました(斎藤1995)。それによると、上士幌町にはこれら9種すべてが生息しているそうです。私は亜高山帯で観察していますが、エゾナガマルハナバチ・エゾトラマルハナバチ・エゾオオマルハナバチ・アカマルハナバチ・エゾヒメマルハナバチの5種を確認しています(丹羽1995)。
マルハナバチの仲間は海岸から高山帯まで広く分布していますが、種によって少しずつ棲む場所が異なっています【→マルハナバチの垂直分布】。東大雪周辺の傾向としては、エゾオオ(マルハナバチ)とエゾトラは低地から高山まで分布し個体数ももっとも多くみられます(右図)。ハイイロ・ニセハイイロは低地だけ、エゾコ・シュレンクは低地から糠平あたりまで、エゾナガ・エゾヒメ・アカは糠平から上の山岳域に分布することが斎藤さんのデータから分かります(右図)。
このような標高ごとのすみわけに加え、生息環境によってもすみわけているようです。私の観察では多くのマルハナバチが森林よりも草原や河原・道路沿いなど開けた場所を好むように思われます。林内では夏(7月末)までにほとんどの花が咲き終えてしまうのに対し、開けた場所では晩秋までずっと何かしら花があるので、蜜や花粉に依存して暮らしているマルハナバチにとっては棲みやすいためと思われます。とくにマルハナバチが多い糠平周辺では、帰化したクローバー・ルピナス・コンフリーなどの植物がたくさん咲いているので餌がいつでも豊富です。
その中で、エゾヒメマルハナバチは森林内をおもな生活の場としていると考えられます。春先に林内で見られた種の多くが姿を消した後もエゾヒメは森林に留まっていますし、開放地ではあまり多くは見かけないことがその理由です。エゾヒメの活動期間は短く、森林の花が咲き終わるのに合わせたように夏には繁殖を終わってしまいます。また、エゾヒメの小さな体も森林の植物の小さな花には合っているのかもしれません。
ミツバチとマルハナバチはともにミツバチ科に属し、大家族を営むこと(社会性)や花に頼って生活する点で共通しています。しかし、餌のとりかたには大きな違いがあります。ミツバチは、よく知られている通り、餌を見つけた働きばちが「ダンス」(コミュニケーション)をして仲間に場所を知らせ、大勢で大挙して採りに行きます。一方、マルハナバチは仲間に知らせたりせず、各自がてんでバラバラに餌を探して集めます。
熱帯の植物には、普段の年は開花せず数年に一度大量の花を咲かせるものが多くいます。ミツバチは熱帯で進化したとされ、餌を集めるときのコミュニケーション行動は、このような稀に見つかる大量の餌を一気に集めるのに優れているといわれています。わずかな働きバチが少しずつ気長に集めていたのではその間にほかのハチに奪われてしまうからです。一方、北方では少しずつのいろいろな花が均等に咲いていることが多いので、一斉に採りに行く必要はなくコミュニケーションの必要も生じないのです。
マルハナバチは北方で進化したといわれ、寒さに強い生きものです。早春、目覚めたばかりのころは時折みぞれやあられが降ることもありますが、そんな時でも訪花している姿を見かけます。マルハナバチは、蜜の主成分である糖を熱に換えて体を温め、高い体温(35〜40℃)を維持することによって寒さを克服しています。体が大きいことや長い毛に包まれていることも体温維持には役立っています。
一方、暑いときには熱を体から放出するようにできていますが、どちらかというと暑さには弱く、気温が高くなる夏の昼下がりには活動が鈍るといわれています。