北海道の自然紹介「花とマルハナバチ」

ぶん:丹羽真一 え:渡辺展之

トップページへ行く

←第1回へ戻る        第3回へ行く→

第2回 マルハナバチの生活史

 前回はマルハナバチの体の特徴や種間のすみわけなどについて紹介しました。今回はマルハナバチの一年の生活についてみていきたいと思います。ヤナギの花が咲き出すころ、まだまだ北海道は寒いですが、マルハナバチも見られるようになります。花好きの人はぜひマルハナバチにも興味を持って観察して下さい。

●マルハナバチの春:目覚めと営巣場所さがし

 根雪が消えるとまもなくマルハナバチは目覚めます(ひがし大雪の糠平ではゴールデンウィーク前後)。冬を乗り越えて地上に出てきたマルハナバチの女王は、とりあえず花から蜜を吸って空腹を満たさなければなりません。この時期の原野は森林と比べ早く雪が解けるものの殺風景な景色が広がるだけで、まだ本当にわずかな植物が花を咲かせているにすぎません。春一番に咲く花は何と言ってもヤナギです。原野にはたいていどこでもヤナギがたくさん生えていて、特に早く咲き出したエゾノキヌヤナギの樹には驚くほどたくさんのマルハナバチが集まっています。高さ4mくらいの樹に20〜30頭もいたのを見たことがあります。ハチ以外にもアブの仲間が何百、何千頭と来ています。ヤナギは風によって花粉を媒介する「風媒花」と言われてきましたが、蜜や花粉を出して昆虫にも花粉を運ばせているのです。
  おなかが満たされると、今度は営巣場所をさがし始めます。春先は夢中で花に訪れている女王バチがいる一方で、地面近くをうろうろしているハチを目にしますが、これは住処を探しているのです。文字どおり「ついの住処」となるのですから、おそらく数日かけて念入りに探すことと思います。営巣場所としては野ネズミや小鳥の古巣を使うことが多いようですが、ふさわしい場所は少なく取り合いになることも少なくないそうです。マルハナバチの巣はなかなか見つけられませんが、トドマツの樹洞にエゾヒメが営巣していたり、私が借りていた糠平のアパートの壁の隙間からエゾオオが出入りしていた(たぶん営巣していた)りしたのを見つけたことがあります。

●夏:巨大化する家族

 働きバチが羽化してくると、それまで蜜や花粉の採集と育児をすべて一人でこなしてきた女王バチは、産卵と育児に専念するようになります。外仕事は働きバチが担うようになり、さらに働きバチが多くなると育児もするようになるので女王はますます産卵に集中します。
 マルハナバチの巣は夏にかけてどんどん大きくなります(これはハインリッチの本から読んだ知識です)。卵から孵ったウジのような子どもたちは、花粉を食べてどんどん成長し、やがてさなぎになります(産卵から羽化までに16〜25日かかる)。羽化した働きバチは、女王に代わって蜜や花粉を集めにでかけます。一頭の働きバチが丸一日働いて得られる蜜と花粉の量は、およそ2頭の働きバチを育てるのに必要な量と等しいとされます。働きバチは羽化後2週間で死んでしまいますが、その間に30頭分もの餌を集めますから巣はどんどん成長するわけです。最大時には一つの巣に数十から時には1,000頭を超えるハチがいることもあるようです。
  マルハナバチはしばしば店先や部屋の中に入ってきてしまうことがありますが、花を探し回っているうちに迷い込むようです。こんな時は、叩き潰したりせずそっと逃がしてやってください。またこのころは働きバチの数が多く活動ももっとも活発なときで、人が近寄ってもあまり逃げませんから観察には最適です。

●秋:交尾と家族の解体

 夏から秋にかけて、巣からオスと新女王バチがでてきます。マルハナバチに限らず、家族(コロニー)を作る昆虫では雄と雌を産み分けています。マルハナバチでは受精卵からは雌(働きバチと新女王バチ)が、未受精卵からは雄が産まれます。新女王や雄バチが出てくるころになると、もはや新しい働きバチは産まれなくなり、やがて女王も死んで家族は解体します。晩秋の朝にはマルハナバチの新女王バチが、クローバーやセイヨウタンポポの花に掴まって朝露に濡れながら太陽が上がってくるのを待っています。オスバチと新女王は、巣を離れてそれぞれに相手をみつけて交尾します。オスは交尾が終わると、そのまま死にます。新女王はおなかのタンクに冬越し用の蜜をたっぷり貯えて、冬眠の準備に入ります。

●冬:冬眠

マルハナバチは冬が来る前に冬眠に入ります。冬眠するほかの動物と同様、地面の中にもぐることが多いようです。雪の下はいくらかでも寒さを避けることができるからでしょう。北海道、とくに東大雪のように寒い地方では、冬眠は8ヵ月近くにおよび、その間に死ぬ個体も多いと考えられます。早春のマルハナバチ女王の個体数は年によってかなり変動しますが、初冬から早春までの間にどれだけ生き残れるかということも影響していると思われます。

●働き者のマルハナバチ:広い行動半径と長時間労働

 マルハナバチは飛翔能力が高く、かなり広い範囲を行動していると思われます。マルハナバチの生態を調べたハインリッチは、「時速11〜20kmで飛翔し、…必要なら少なくとも5km」は移動すると述べています(ハインリッチ1979)。私が観察している温泉山では、春先にたくさんいたエゾナガ・エゾトラ・アカマルは夏になると見られなくなります。これらのマルハナバチは、山に蜜が豊富なときだけ、おそらくはふもとから遠征(3〜5km)してきているのではと私は思っています。
 マルハナバチの朝は早く、日の出前から始まり、朝5時ごろにはもう普通に飛んでいます。一日花といわれる一日しか咲かない花(タチギボウシなど)では早朝に開花し始めるので、蜜のたっぷり入った花が開き始める早朝の勤務はとくに重要になります。また、夕方も暗くなるまで飛んでいます。マルハナバチはわずかな太陽の光を頼りに正確に方角を知ることができるので、道に迷わないといわれています。朝から夕方まで、ほとんど休まないで巣と花との間を行き来しています。

●花をめぐる個体間の競争

 性質のおとなしいマルハナバチは、同じ植物上で別の個体と鉢合わせになっても相手を押しのけたりけんかになったりすることはまずありません(なわばりも持たない)。これについてハインリッチは、一見何の争いもないように見えるが実際にはほかの個体より少しでもたくさんの蜜や花粉を集めねばならないというし烈な競争があると説明しています。つまり、けんかする暇もないほど忙しいというのです。そう言われると、マルハナバチの忙しそうな行動も理解できます。シャクナゲのようにたくさん蜜を出す植物でも自然状態ではほとんどの花がハチによって空(から)にされていますが、このことも「蜜採り競争」の激しさを物語っています。

●「多勢に無勢」と「早起きは三文の得」

 蜜を取る能力や花との相性によって競争力に差がある時、よい餌(花)は強い方の種が独占してしまうという報告があります。ボウワース(Bowers 1985)という人は、アメリカ・ユタ州の亜高山帯の草原で生活するマルハナバチ2種の競争力を比べました。それによると、それぞれ単独に生活しているときは全く同じような花を選んでいる2種のマルハナバチが、一緒になったとたん一方の種がよい花を独占し、もう一方は蜜の少ない花に変えざるを得なくなりました。このような競争力の差は、体格や飛翔力の違いではなく、圧倒的な働きバチの数の違いによるものでした。「人海作戦の賜物」だったのです。ではなぜそんなにも数が違うのかと言えば、春の目覚めの時期に3週間もの開きがあるためで、早く冬眠から起きた方が多くの働きバチを生み育てることができるのです。ただし、早春は季節外れの雪や霜のために死んでしまう危険も多く、早く起きることがいつもいいとは限りません。

●参考文献の紹介



ベルンド・ハインリッチ(1979)「マルハナバチの経済学」(井上民二監訳)文一総合出版 =4,500円
 著者のハインリッチはマルハナバチ研究の第一人者で、アメリカで長期にわたりマルハナバチの生活を綿密に観察し、また数々の興味深い実験をしています。マルハナバチが氷点下の時でさえも活動できるのは高い体温を維持できるためであること、個々の働きバチは蜜や花粉をとる花の種類を1,2種に独自に決めていることなどをハインリッチは明らかにしました。その研究成果は学術的にも大変高く評価されており、マルハナバチ研究の基本になっています。本書はそれらの研究成果をもとに書かれています。
 ハインリッチが観察を行っていたメーン州は北海道と自然環境がよく似ているようで、登場する湿原の植物にはイソツツジ・ツルコケモモ・マルバシモツケ・ツリフネソウなど共通するものがたくさん出てきますから、あまり外国の話のような気がしません。もっとも、北米はマルハナバチの種類が多く50種もいるそうです。
 タイトルの「経済学」は、マルハナバチの生活を支出(エネルギーコスト、勤務時間)と収入(蜜や花粉)という観点から見ていることによります。私はこの本が出版されるとすぐに買ってきて読みました。その後、植物とマルハナバチのことを観察するようになったのも本書を読んだのがきっかけでした。また、日本語版の出版に当たって「日本産マルハナバチの分類・生態・分布」(伊藤誠夫著)が付記されているので、野外調査のときにはよく持ち歩いて同定に使いました。教科書というよりは科学ものの読み物として書かれており、内容のわかりやすさ・面白さ・ボリュームいずれの面でも申し分ないのですが、もう少し安ければと思います(4,500円は一般書としてはやはりやや高いですね)。

←第1回へ戻る        第3回へ行く→